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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5783号 判決

原告 本間春治

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 日本産業証券株式会社

右代表者代表取締役 小沼金次郎

右訴訟代理人弁護士 今井義雄

同 田中慎介

同 久野盈雄

主文

被告は原告に対し別紙目録第二欄記載の株式及び別表(一)記載の第一物産株式会社(現在三井物産株式会社)の株式の各株券を引渡し且つ金二四万八、五六五円及び右に対する昭和三四年五月一六日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

右株券の引渡につき強制執行が不能なときは被告は原告に対し右不能な部分につき別紙目録第二欄記載の単価によつて算出した金員を支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が金一九万円を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告が証券取引法に定める証券業者であること、並びに訴外斎藤友三郎が原告主張の頃被告の外務員であつたことは、当事者間に争がなく、右事実に成立に争がない甲第三号証の一乃至八、≪中略≫を綜合すると次の事実を認定することができる。即ち、

原告は当時本間逸郎の別名を使用しており、その名儀で昭和二八年一月下旬頃、証券業者である被告の外務員である訴外斎藤友三郎を介して、被告に対し原告主張の別紙目録第一欄記載の一乃至六の株式の買付を委託し、被告は右委託に基き右株式の買付をなし、その引渡の都度原告は右訴外斎藤(同人個人に対してか被告の代理人としての同人に対してかは暫くこれを措き)に対して右株式の株券を原告主張の約旨の下に寄託し、併せてその頃前記目録第一欄記載の七及び八の株式の株券をも同様寄託したこと、並びにその後右の株式(同欄二及び三の株式を除く)について新株が発行され(この事実は当事者間に争がない)昭和三〇年九月一日現在において別紙目録第一欄記載の株式が同第二欄記載の株式及び大阪チタニウム製造株式会社新株三〇〇株となり(会社の合併、商号の変更、新株券の発行、に関する原告主張の事実は被告の認めるところである。)原告はそのうち別紙目録第二欄記載の株式の株券につき引続き前同様の約旨の下に右斎藤に対し保管を託していたことを認めることができる。原告は前記第二の一の(二)掲記の様に右大阪チタニウム製造株式会社新株三〇〇株についてもその頃斎藤に対し保管を託した旨主張するが、これを認むべき証拠はない。

二、よつて、次に原告の訴外斎藤に対する右の寄託は、同人個人に対してなされたものか、又は被告の代理人である同人に対してなされたものか並びに抑々同訴外人は右の寄託を受けるについて被告を代理する権限を有していたかどうかについて判断する。

(一)  先づ一般に外務員が有価証券市場における売買取引並びにこれに附随する株券受託に関し、証券業者の代理人とみられるべきかどうかを考察し、さらに進んで訴外斎藤が右の取引並びに株券受託につき被告を代理する権限を有したかどうかを判断する。

(1)  証券取引法第五六条は「証券業者は、その使用人を……有価証券市場における売買取引の委託の勧誘に従事させようとするときは、」その使用人について一定事項を大蔵大臣に届出なければならない旨定めている。この規定よりするときは、一見、外務員は単に「有価証券市場における売買取引の委託の勧誘」のみに従事するものであるかの観がある。そして委託の勧誘とは委託の申込の誘引を意味し、委託の申込の承諾を包含しないから、外務員は右取引に関し証券業者を代理するものではないというべきかのようである。このことは同法第一二八条が、有価証券市場における売買取引の受託の取扱をする場所を証券業者の営業所、代理店に限つていることからいつても妥当するようにも考えられないことはない。

しかし、証券取引法第五六条をもつて、外務員の権限を同条所定の範囲に限定したものと解さなければならないものではない。同条は単に同条に掲げる事務に従事させる商業使用人である外務員の届出制を規定することを主眼としたものであつて、証券業者が外務員に対し、他の権限を付与することを禁止したものではなく、証券業者は必要に応じ外務員に対し任意に他の事項を授権し得るものとも解し得るのである。

(2)  飜つて考えるに、外務員制度は元来証券業者がこれを利用して顧客を自己に吸収し、もつて自己の営業の拡大発展に寄与させようとするものである。それ故に、いわゆる外務行為を単に取引委託の勧誘に止まるものとするときは外務員制度はその意義の大半を没却する。けだし、顧客には自ら証券業者の営業所に出入することを好まないか、或はその時間的余裕のない者も少くなく、かかる者を顧客として吸収するためには、勢い、その者に代つて取引の委託を成立させる手段を必要とする理であるが、外務行為を単に委託の勧誘に限るものとするときは、証券業者は右の如き顧客の大半を失うこととなり、その結果外務員によつてその営業を拡大発展させよううする目的を達することができなくなるからである。もちろん、この場合でも顧客は代理人を選任し、又は外務員に対して取引の委託を授権することができるが、代理人を選任すること自体煩瑣を免れないだけでなく、特に相手方である証券業者の使用人である外務員に対し、取引委託の代理権を付与するが如きは、取引の通念上特段の事情がない限り顧客のあえてしないところと認めなければならない。顧客を吸収し自己の営業の発展を期待する証券業者としてかかる事態をもつて満足するとは考えられない。それ故に、証券業者が外務員を使用するに当つては、これをして単に取引委託の勧誘に従事させるに止まらず、顧客の委託に応じ証券業者に代つてこれを受託する権限をも併せ与えたものと認めるを至当とする。これを重言すれば、外務員は常に証券業者の代理人であつて、証券業者が特に反対の意思を明示しない限りその例外の場合はないものと言わなければならない。抑々外務員にいかなる権限を与えるかの問題は、外務員の権限について法律上その範囲の定めがない限り一に使用主である証券業者の意思にかかることである。ところで証券取引法上外務員の権限の範囲が定められていると認めなければならないものでないことは、既に前に述べたとおりであり、外務員制度存在の意義がまた前叙の如くである以上、証券業者としては別段の留保をしない限り外務員に取引受託の権限を与えたものと解するを妥当とするのである。

(3)  証券取引法第一二八条は右の結論に障害を与えるものではない。同条は単に証券業者が、営業所、代理店以外の場所を営業所と同様に一般的な取引受託の場所としてはならない旨定めただけのことであつて、個々の取引委託を営業所、代理店以外の場所で受けてはならない旨定めたものと解することはできない。

(4)  外務員が有価証券市場における売買取引に対し証券業者を代理してその委託を受ける権限があると解すべきものとするときは、外務員は右の取引の目的である株券の授受に関しては勿論で、その取引によつて顧客の取得した株券の寄託を受けること、更に当該証券業者の取引に関して広く株券の寄託を受けることについても証券業者を代理し得るものと認めなければならない。けだし顧客から有価証券市場における売買取引の委託を受ける傍ら、株式の寄託を受けるが如き行為は、証券業者の取引受託に関する附随的業務と解して差支えなく、従つて取引受託の権限を有する外務員の当然になしうる行為と認むべきだからである。

(5)  被告が証券取引法に定める証券業者であり、前記訴外斎藤が被告の外務員であることは当事者間に争がないこと前認定のとおりであるから、同訴外人が一般に被告の代理人として有価証券市場における株式の売買取引並びにこれに附随する株券受託の権限を有するものであることは上来説示の理由から当然のことと云わなければならない。

(二)  よつて、次に原告は別紙目録第二欄記載の株式の株券を被告の代理人としての前記斎藤に寄託したかどうかを考える。

凡そ証券業者の代理人である外務員に対し証券又は株券の保管を委託する場合には、特段の事情がない限りその代理人たる外務員を介し当該証券業者に対してその委託をなし、外務員もまた右の証券業者の代理人としてこれを受託するものと認むるを至当とする。従つて本件においても、特段の事情のない限り、原告は被告の代理人としての斎藤に対して右の株券を寄託し、右斎藤も被告の代理人としてこれを受託したものといわなければならない。ところで被告は原告は右訴外斎藤との個人的関係から同人を原告の代理人として同人を通じて被告に対し株式の運用を依頼して右の株券を交付したものであると抗争し、証人斎藤友三郎、山崎俊雄及び塩田錬太郎は恰もこれに符合する供述をしている。なるほど、外務員の地位にある者に対して株式の買付を委託し、若しくは株券の保管のため株券を交付する場合でも、それが証券業者の外務員であるためではなく、たまたま外務員の地位にあるとの特別の関係から顧客がその者を代理人として株式の売買取引の委託をなし、又は個人たる外務員に対し株式の運用を依頼してこれに株券を交付する場合もないではないであろう。然し上記の如く、元来外務員は証券業者のために顧客から当然に株式の売買取引の委託を受け、又は株券の寄託を受ける権限を有するのを通常とするから、顧客が外務員の地位にある者に対し、株式の売買取引を委託し、又は株券を寄託するに当り、証券業者の代理人の資格における外務員を介し、当該証券業者に対して委託し、又は寄託するのではなく、外務員の資格を離れた個人を代理人として証券業者に委託し、又はその個人に対して寄託するというが如きは、むしろ異例の事態と云うべきであり、かかることは特段の事情のない限り認められないところである。本件においてかかる特別事情を認むべき証拠は何もなく、従つて前記証言は到底採用し難い。却つて前顕各証拠(証人斎藤友三郎、山崎俊雄、塩田錬太郎の各証言を除く)によれば原告は被告の代理人としての前記斎藤に対して右の株券を寄託し前記斎藤も被告の代理人として右株券の寄託を受けた事実を認めることができる。

(三)  以上の理由により、原告が右訴外斎藤に対し別紙目録第二欄記載の株式の株券を寄託したのは被告の代理人たる同訴外人に対してであり、又同訴外人も被告の代理人としての右の株券の寄託を受けたものであると当裁判所は認定する。

三、昭和三〇年九月一日以降別紙目録第二欄記載の株式について別表(一)記載のとおり利益配当(大阪チタニウム株式会社については株数を三〇〇株として利益配当金を算出する。従つてその金額は合計金六、二一〇円となり、全体の合計は金四万二、二五五円となる。)がなされたこと、並びに右の株式(一及び四の株式を除く。)について別表(二)記載のとおり新株が発行されたことは当事者間に争がなく、被告が寄託の約旨に従い原告に対し右の配当金等を交付し、また新株申込の催告書、株金払込通知書を引渡したことについては何等主張立証しないところである。従つてまた原告はこれにより右新株の引受権を失つたものと云わざるをえない。

四、以上の確定した事実により、被告は原告に対し次のとおりの義務を負担する。

(一)  別紙目録第二欄記載の株式の株券および別表(一)記載の第一物産株式会社株式の株券の各引渡、若しその引渡の執行が不能な場合にはその不能部分につきこれに代る損害賠償として本件口頭弁論終結の日の時価による金員の支払。その時価が別紙目録第二欄記載の単価により算出した金員であることは当事者間に争がない。

(二)  別表(一)記載の利益配当金(大阪チタニウム株式会社については株数を三〇〇株として利益配当金を算出する。従つてその金額は金六、二一〇円となる。)合計金四万二、二五五円の支払。

(三)  別表(二)記載の新株につき、原告が新株引受権を失つたことによる損害金の支払。その額は新株の時価からその払込金額を控除した金額であると解すべく、その時価並びに新株の払込金額が別表(二)記載のとおりであることは当事者間に争がないから、その差額は同表(ト)欄の合計金二五万六、三一〇円となること算数上明らかである。そして原告は右のうち金二〇万六、三一〇円の支払を請求するものである。

五、以上によつて、原告の本訴請求は、前項(一)の義務の履行並びに(二)及び(三)(金五万円を差引いた額)の合計金二四万八、五六五円およびこれに対する本訴状送達の日の後であることが記録上明らかである昭和三四年五月一六日以降完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 池田正亮 上野宏)

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